~ 新生児 → 1歳 ~
友達に何歳からの記憶があるか聞くと、たいてい5歳とか小学校上がる手前くらいと言われる。でもインターネットで調べるとお腹の中にいたときとか、中には前世からの記憶!を持っている人もいたりする。
因みに私は生まれた日のことを覚えている。
今日はそんなお話。
「赤ちゃんは言葉が話せないし、言ってることは分からないだろう」と大人は思うかもしれない。
でも私はここで声を大にして言いたい!
分かってますよ~!!!!
そりゃ政治経済の話とか、男女のもつれの話とか、難しい話は分かりませんがね。
言うなれば、イギリスに初留学した時になんとなく相手の言わんとすることは分かるけど、全く話せない感覚と似ている。違うかw
赤ちゃんはもっと魂レベルで聞いている感覚です。
あ!思い出した!スペインのバルセロナでスペイン語全く分からないのに会話が分かったことがあります!その感覚と一緒!!!(その話はまた別の日にします)
母親の産道を通り、へその緒を巻き付けてオギャーと生まれた瞬間!の記憶は残念ながら覚えていないのですが(笑)、その後病院のベッドに横になっている時の記憶は結構鮮明に覚えています。
まず、
光に包まれていて、
めっちゃくっちゃ気持ちいいいいい!!!!!!
ヒャッハーー!イエーイ!ヒュッフー♪♪♪
みたいな感じでした。両手を上にぐいーと上げて伸びをすると気持ち良いですよね。その感覚×何百倍もの気持ち良さです。
私が生まれた日は冬の小春日和のお昼時だったので、光というのは高次の光ではなく外のお天道様だったのかもしれませんが。でも360度全身包まれるような光!とにかく光に包まれて守られてる~っていう安心と気持ち良さMAXな感覚でした。
で、ふと上唇と下唇の当たる感触が面白くて、唇上下をスリスリ・・・
この私の謎の行動は母親にも不思議に映っていたらしく、生まれた時にお口すごくモゴモゴしてたよねーとたまに真似されます(笑)
生まれたばかりの赤ちゃんは視界がぼやけるといわれていますが、確かにその通りで、でも、視力0.1くらいはあるんじゃないかなと思います。横になっている私を2人の女性が眺めているな~。私を笑顔で見ながら好意的に私のことを話ししてるな~。という記憶もあるので。
そう!生まれたばかりでも、一瞬にして声質とか雰囲気で自分に対して好意的かそうじゃないかを見分けれるんです!
だから赤ちゃんだからと言ってどうせ記憶ないしわかんないし、って適当に接したり、暴言や暴力なんてもってのほか!ダメ!絶対!
退院すると、母の実家で祖母が”たらい”にお湯をはって私を洗ってくれました。それがまた気持ち良いのなんのって。(笑)従姉(当時2歳)がたらいで洗われている私を覗き込みながら祖母にペチャクチャおしゃべりしていたのも覚えています。その時の感覚は不思議なもので、たらいの中の私の感覚もあれば、部屋の天井の隅っこから意識体?としてたらいの中の自分を眺めている感覚もありました。だから、従姉と祖母と自分の位置もバッチリ分かっていたので、大人になって当時の写真を見た時に、そうだよねーやっぱり!って思いました。一生懸命写真を撮ってくれていた母の記憶はありませんが。ごめんね、お母さん(笑)
従姉と祖母の会話も「次何するのー?赤ちゃん小っちゃいねー。気持ちよさそうだねー。」とかそういった類のものだったと記憶しています。
父方の実家に戻ると、母はよく私を玄関先であやしていました。すると近所のおばちゃんが4~5人寄ってくるんですよね。井戸端会議というやつでしょうか。
で、必ず「あら~可愛いわね~抱っこさせて」と言われるわけです。
自分の機嫌が良いときは流れに身を任せ~という感じで抱かれたい放題(笑)なのですが、最も居心地が良いのはやはり母親の腕の中じゃないですか。抱き心地の技量的にも雰囲気的にもベスト!はやはり母親なわけで。なので、「抱っこさせて」が嫌な時もしょっちゅうあったりして「なんでこんなに心地良い状態なのにそれを引きはがそうとするのよ」って思っていました。でも、泣けば母親の腕の中に戻れることも知っていたので、ギャン泣き。
大人になって、あの時2歳だったよねーと母に話したら、「何言ってんの!あんたまだ4カ月だったよ!」とのこと。
もうそのころには魂レベルではなく、ちゃんと日本語も理解していたというわけですな。
仏壇のある和室の部屋に大きめの低いテーブルがあるのですが、それにつかまり立ちしながら歩くと同じ場所に戻ってくるのがこれまた面白くて、毎日何回も何回もやってました。そしてそれを見た母は「あらっ、またくるくる回ってるのー」と話しかけてきて、褒めてもらえたような気がしてすごく嬉しかった記憶もあります。
でも、こんなに当時の記憶も感情も鮮明に覚えているのに、オムツ交換やお風呂の記憶は全くないんですよね。不思議。
次回は2歳の私へジャンプ
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